はとにまめでっぽー

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小説『天使のいる廃墟』 感想

先日行った図書館にて借りた本が面白かったので感想を書きます。

フリオ・ホセ・オルドバス著のスペイン小説『天使のいる廃墟』です。

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読む前/読んだ後の印象

タイトルと背表紙の美しさに惹かれて借りてみましたが、正直あまり期待はしていませんでした。

今まで読んできたこういう退廃的な雰囲気の小説は、雰囲気を楽しむのがメインのものが多かったのですが、個人的にはそういったタイプの小説はあまり好みではないからです。

ただ実際に読んでみると、そんな予想は良い意味で外れました。

この小説は全編で死を扱っているにも関わらず、終始静かで穏やかな空気で満ちています。

村を訪れる人たちの口からぽつぽつと語られる人生はほろ苦くもどこか美しく、一方で多少の不穏さや狂気が滲むところもあったりと、他の作品にはない独特の魅力にはまって一気読みしてしまいました。

ざっくりあらすじ

あるところにパライソ・アルトという捨てられた村がありました。

 

かつては平和な村だったのですが、どういうわけかある日突然村人全員が逃げ出してしまっため、今やすっかり荒廃し、訪れるのは自殺志願者だけという状況です。

 

主人公も自殺のためにパライソ・アルトにやってきた1人でしたが、村に着いた彼は『天使としてここで自殺志願者たちを手伝うのが自分の使命だ』と思い立ちます。

 

そして1件の空き家に住み着き、村に訪れる人々の最期を見届け、彼らの埋葬や遺品の片付けなどを行うようになりました。

細かい感想

私は冒頭で主人公が天使の務めに目覚めた描写を呼んだ瞬間、「こんなやべぇやつが主人公なのかよ」と思いました。

穏やかな人ではあるのですが、時折常人にはないような思考を抱いていたりするので、全編通してずっとこの主人公のことが怖かったです。

学生時代に聞いた都市伝説で『富士の樹海には自殺志願者を狙う殺人愛好者が潜んでいて、見つかると殺されてしまう』なんて話がありましたが、主人公はほぼこの都市伝説を地でいっていますね。その動機が善意であるというのもなかなか理解不能です。

一方で、そんな彼の狂気がスパイスとなってこの物語を退屈じゃなくしています。

プロローグでは主人公がアルト・パライソに到着してからのことや村での暮らしぶりが語られ、本編では彼がこれまで出会ってきた様々な来訪者たちのエピソードを振り返っていきます。

アルト・パライソに来る人々は皆自殺志願者とは思えないほど穏やかです。

突然現れて初対面のくせに馴れ馴れしく話しかけてくる主人公にもきつく当たったりしません。

私なら静かに一生を終えたいと思ってたどり着いた場所で知らん奴にペチャクチャ話しかけられたらキレると思うのですが、生を手放す覚悟を決めた人たちには些細なことなのかもしれません。怒るっていうのがそもそも生きるための反応だからかな…。

彼らは主人公に対して、ここにたどり着くまでの人生を語ったり語らなかったりします。

ここで私にとってすごく新鮮だったのが、自殺志願者たちがみな自分の生き方を誇り、自分の人生でできることは全てやり切ってしまったから死にに来たのかのような、そんなさっぱりした気持ちを感じられたことです。

話を聞くと、彼らがみな強い信念を持って生きてきたこと、それ故に孤独だったことが伺えます。思考を放棄して周りに合わせれば集団の中で安心して年を取ることもできたでしょうが、彼らにとってはそれは死ぬより苦痛だったのでしょう。

それくらい真剣に生きてきたからこそ、その目的が果たされたか失われた時には、もうここで死んでも良いと思えてしまうのかもしれないですね。

登場人物のことばかり話してきましたが、魅力的な舞台設定と描写も素敵です。読んでいる間は本当にアルト・パライソの枯れ草が風に揺れる音が聞こえるかのようでした。ただ不気味な廃墟なんじゃなくて、どこか謎めきつつも元々暮らしていた住人の生活や温もりの痕跡がかすかに感じられる場所なのが良かったですね。だからこそ穏やかな自殺の舞台にふさわしいのかも。

まとめ

個人的には、この作品の主題は『自分を貫いて生きるためにあがくことの美しさ、尊さ』なんじゃないかと思います。

人間は不思議な生き物です。社会の一部として生まれてきたのに確固たる自我を持っていて、そのために孤独にもがき苦しんで時に破滅してしまうことがあります。

どう考えても合理的な選択ではないですし、実際「本当にこれで良かったのか」と自問自答しながら孤独に耐えている人がたくさん世の中にはいると思います。

本書はそんな人たちにある種のエールを送る物語なんじゃないでしょうか。少なくとも私は、アルト・パライソに来た人々の話を聞いて「自分らしくいるって大変だけどやっぱりいいことだな」と感じました。そんなポジティブなメッセージを自殺という一見正反対の意味を持つ行為を通してちゃんと描き切っているところもすごい。

疲れたので、この辺で『天使のいる廃墟』の感想は以上としたいと思います。
読んでくださった方、もしいたらありがとうございました。